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第二十九話:乳幼児・子供の事件増を憂い教育を考える

2014年10月8日

このところ、乳児DV・幼児誘拐殺人遺棄とか、少年少女による友人や肉親の殺人等凶悪犯罪の報道が増えてきたことに危機感を覚える次第です。もっとも、「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めば大々的に報道される」と言われるように、未成年者誘拐、殺傷事件の発生が、年間四十数万件にも達する北米などでは、余程凶悪卑劣で事件拡大の恐れが大きいケースしか新聞テレビ沙汰にならないのに比べて、遥かに治安がよく、凶悪事件発生率が極めて僅少な日本においては、殊に少年少女にかかわる殺人事件がいったん起こってしまえば、これは、天地を揺るがす大事件として報道されるのは理解出来ますし、ましてや年間90件も超えたとすれば、由々しき大問題として取り上げられるのは当然かもしれません。

 

良く伝え聞く“教育四訓”では「乳児は肌を離すな。幼児は肌を離して、手を離すな。少年は手を離して目を離すな。

青年は目を離して心を離すな。」と教えてくれますが、日本では、昔は“子は授かりもの。国の宝。」などと、家庭でも、社会でも、学校でも子供を大切にしてきました。

これは、江戸時代末期や明治時代に訪日した欧米の文筆家・旅行家・外交官などが、帰国後の印象記で「日本の子供は、皆明るく活発で、礼儀正しく、外で仲良く遊んでいる。これは親や社会も子供を大切に育て、良く躾けているからではないか。」と書いていることからも証明されていたようです。

しかしながら、最近の事故・事件に接するたびに感じるのは、古来の日本の子育ての伝統が、最近益々失われつつあるのではなかろうか、という危惧です。

核家族化現象の悪影響は、現在の親世代にすでに始まっており、祖父母を含めた三世代同居家庭など極めて稀となっており、ましてや夫婦共稼ぎ等で鍵っ子が急増しているのが現実でしょう。

 

さらに問題は、子供たちが茶の間や縁側で、童話や絵本を家族・兄弟姉妹と読み合わせたり、外へ出て近隣の仲間と遊ぶことが殆ど無くなり、これに輪をかけて少子化現象もあって孤独化が加速され、個室に篭り、テレビ、ゲーム、ケータイ、スマホなどを一人で楽しむか、塾や習い事に通うなどで、益々友達と外で遊ぶ時間も奪われ、家族や友人・社会との接点を欠き、親・兄弟姉妹との接点・対話まで失ってしまっているようです。

しかも都市は勿論、地方でも、向こう三軒両隣といった家族を含めた近所付き合いが極めて薄くなり、家族や社会が“子供の肌を離し、手も目も離し、心まで離してしまって居る”のが残念な現実ではないでしょうか。

 

しかも、親世代の無責任感は、託児所・保育園・幼稚園・学校・児童相談所など外的機関への他力依存に陥り、自助・自立・自責を一切度外視した上で、すべてを他責に帰そうとする悪弊が蔓延している風にさえ思えます。

マスコミ報道においても、犯人像であれ、被害者当人であれ、その家族や関係者であれ、家庭・社会・学校を通じた教育のあり方・道義心について、もっと真相に迫る報道と社会的提言が求められていると考えます。

総じて、戦後の“間違えた個人主義教育”の見直しとGHQの指図で放棄した“教育勅語”にあった伝統の“徳育”の復活こそが、これ以上の日本の劣化を食い止める必須の手段ではないでしょうか。

因みに、教育勅語の徳目とは、親孝行・家族の和、友愛と信・謙遜・博愛・修学・習業・知能啓発・人格向上・公益世務・遵法・義勇などで、これぞ“万国共通の普遍的価値”そのものであると確信いたします。教育界のみならず、全日本各界各層の皆々様のご理解とご尽力を促したい次第です。

 

toddler's walking on the seashore with adult

最終更新日 2021年10月18日

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