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第三十六話:「尖閣諸島事件と訪日中国人観光客」

2014年7月14日

2010年に始まった尖閣諸島への中国船不法侵入事件はマスコミと政治家を
除けば双方ともに有識者が冷静なのは救いでした。
現代の国際関係は国家間の通商、金融、文化交流のウェイトが高く、
世界各国が経済産業、文化交流で密接に繋がっています。
中国と日本の関係も例外ではありません。
トラブルの大半は中国人全体が関わるものでもありません。
過激派はどんなグループ、国家にも存在し、少数派なのも常。
政治の指導者たちも様々.恫喝に屈せず、国家の尊厳と主権を
侵されない位置で解決を図りたい。
日本が譲歩、妥協する理由は何もないというのが大方の有識者。
中国は10億人を擁する大国。
貧富の差が大きく、自己の利益と保身第一主義の人民ではまとまりが良いはずが
ありません。
権力闘争の面も露骨ですが、行政の腐敗と不正の摘発撲滅運動で明るみに
でている収賄汚職は発展途上国の元首クラスの金額。
数十億は当たり前。多い者は数千億から兆単位の収賄。
利己主義で国の利益を考える人の少ない中国。

昨今(2010年)の中国は胡錦濤氏、習氏など主席といえども国民全体を
掌握しているとはいえない。

その内部的混乱を鎮め、まとまらせる最も効果的な手法は反日。
反面、現在の日本を良く見て理解してもらい知日中国人を増やすのが
日本にとっては効果的。
観光立国の柱とばかりプチ成金の中国人から利益を得ようとする観光関連業者が
あふれる現状は国益につながらず、主旨が違うでしょう。

もともと中国と日本は歴史的に仲良くなれる関係にはない。
世代が替わり、改善に向ってはいたが、反日中国人が依然3割以上は占め、
日本人の対中好感度も高くはない。

日本が明治時代から中国本土を戦乱に巻き込み、主要都市、租界、満州(中国東北部)に
優越感を持った日本軍人、民間人が溢れていたことは歴史が語っている。
日清戦争(1894-5)、旅順攻略(対ロシア:1904)、大連租界(1898)、
上海共同租界(日本は主として1930年代)、満州事変(柳条溝事件:1931)、上海事変(1932)、
満州国建国(1932)、支那事変(1937-)、大東亜戦争(1941-45)と続いた戦乱は
中国内地で半世紀にもなる長期間の混乱を引き起こした。
その後70年近くにもなる現在も、風化を恐れる政権が学校教育で反日を煽り、
トラブルが絶えないのは、やむを得ない。

尖閣諸島事件で中国マスコミの一部は、関東軍による満州(中国東北部)の
柳条溝(湖)事件を9.17事変(1931)として蒸し返し。
半世紀をはるかに過ぎた国家間の過去を持ち出すのは適切なのだろうか。
イギリス、スペイン、オランダなどが世界制覇で繰り返した、虐殺を伴う弱肉強食の
略奪と不法占拠。
アヘン戦争のイギリスに続きロシア、ドイツ、フランス、オランダなど列強が占拠した中国各都市。
当時を追及し、これまで以上の復讐、賠償、原状復帰を目指せば世界中を混乱に陥れるだけ。

これまでも、このコラムでは中国人の訪日は親善使節と考え、あらゆる便宜をはかり、
特に経済的負担軽減を優先して考えねばならぬことを繰り返してきた。
過去の緊張関係を緩和、融和したいからだが、現状では所得格差の大きい中国からお客を
温かく迎える体制にない。

(しらす・さぶろう)
初版:2010年9月24日
復刻:2014年7月

最終更新日 2020年7月30日

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