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第五十九話:小口外貨の両替苦労話:外貨が使えない田舎の観光地

2015年3月20日


世界の為替管理が緩和されて、どこの国でも都市部では旅行客のクレジットや
両替を簡便化する努力が続けられています。
今でこそ円やクレジットカードが普及して、都市部ならば不便する国は
少なくなりましたが、数十年前は有名都市や観光地を外れると、
外貨は小額紙幣のキャッシュがたまに通用する程度。
防犯上もキャッシュ携行は最小限が推奨されていましたから、多くの人が
大変不便な思いをした経験があるでしょう。
日本はアジアの最先進国と思われていますが外国人には「最も」と
言えるほど不慣れ。
外貨両替に関してはかなり遅れています。
大都市を外れると銀行以外の両替所が少なく、外貨キャッシュを受け取る
お店も多くありません。
外貨預金の両替引出が可能なATMも限られています。
日本文化に関心が高い、歓迎すべき訪日客ほど地方に深く分け入ります。
両替もクレジットカードも、爆買い対応ばかりでなく、

地方でのバス、タクシーなど交通費、
低価格レストランの飲食など小口消費に便宜を図りたいものです。

フランス、イタリアなどの観光大国といえども、パーフェクトではありません。
それでもフランス人には流石の「おもてなし」がありました。
30年も前の「旅は道連れ、世は情け」の実話。

ヨーロッパの特急鉄道がトランス・ヨーロッピアン・エクスプレス(TEE)と呼ばれていた頃。
仕事途上の祭日にカプリ島をたずねましたが、帰りの
ナポリ(イタリア)からパリ行き夜行寝台列車で、使える通貨が
全く無かったことがありました。
会社の連れがカプリ島の両替所にパスポートを忘れたため
再度カプリに渡り(高速船)、予想外の出費。
所持していたリラは乗車券代を除けばごくわずか。
当時のヨーロッパはクレジットカード後進国。
円はもちろんのこと世界通貨のドルでさえ田舎では通用しません。
ヨーロッパは盗難が多発するために、旅行者はドイツ・マルクのトラベラースチェックを
持ち歩いていたころの話。
悪いことにその日はキリスト教の安息日(日曜日)。
商店はどこもが休みの時代。
カプリ島など観光スポット以外は両替所も閉鎖しています。
パリまで二人分の切符を買うと手元は僅か。
マルクのトラベラースチェックや100米ドル紙幣の車中両替も
融通の利かない頑固な車掌に断られてしまいました。
食堂車の夕食代は一人分ぎりぎり。
結局、じゃんけんで代表して出かけ、パンなどを持ち帰ることにしました。
相席となったのは定年退職したサラリーマンか、農業関係者か、
口数の少ないフランス人夫婦。
ハーフボトルのテーブル・ワインを注文していました。
こちらはお酒が無ければ夕食が食べられないほどの酒好きですが
当然のことながらワイン代はありません。
その目が強く訴えていたのか、夫婦は僅かなワインを勧めてくれました。
ハーフボトルではグラスに数杯しか取れない貴重な白ワイン。
飛びつくように頂きました。
その美味しかったこと。
30年経ってもそのひんやりしたワインの感触が蘇(よみがえ)ります。
この話には「オチ」があります。
食事が終わり、清算の段階になって消費税が頭になかったことに気づきました。
僅かですが、その分が足りません。
頑固車掌はしぶしぶ100米ドル紙幣を両替してくれました。
当時のリラは超大型紙幣。
分厚くかさばり持つのが大儀なほど。
100ドル分のリラは食堂車で二人が好きだけ飲み食いしても半分も使えません。
後払いだったなら、二人で強引に食べればよかったのに。
すでにサービスが終了してしまい後の祭り。
パリのリヨン駅に到着後の役にもたたなくなったリラ紙幣の重みが忘れられませんが、
やさしいフランス人夫婦の情けも同時に心に焼きついています。
以来、日本を訪れる観光客には飛び切りの親切を心がけています。
異国で受けた親切は30年後も忘れられません。

初版:日本人がんばれ!!:第二十話

しらす・さぶろう

最終更新日 2021年8月6日

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