セパシア菌の功罪と無農薬農業:微生物による害虫退治の安全性に疑問
2014年10月31日
1.多剤耐性院内感染菌と安全性が確保できていない無農薬農業
抵抗力の無い病人や高齢者に院内感染で亡くなる方が多いのは良くしられる事実です。
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、アシネトバクター菌やタミフル耐性の
Aソ連型のインフルエンザウィルスなど院内感染菌として抵抗力が低下した患者を
狙う悪玉微生物は多種あります。
一般の方が理解しにくいのはこのような多剤耐性院内感染菌には無農薬農業の
害虫退治に使われる微生物があること。セパシア菌がその一つです。
水質改善、蚊のボーフラ退治、美容などにも微生物が使用されるような時代となりましたが
安全性についての確たる検証が済んでいるわけではありません。
日本でセパシア菌(Pseudomonas cepacia)がマスコミで話題となったのは2004年。
水産大手のマルハ(株)が通信販売する「スクウィナ・アミノシャンプー」にセパシア菌が
混入していた事件で消費者に知られるようになりました。
それまでセパシア菌は無農薬農業や院内感染で話題になる程度。
マルハの事件では詳細な解説は発表されませんでしたから、どのタイプ(strain)のセパシア菌が、
どのくらいの菌量で検出されたのかは不明。
2.セパシア菌(Pseudomonas cepacia)とは
セパシア菌は水環境を好み、自然環境では、腐敗した野菜や、畑などの湿った部分の土壌、淡水の沈殿泥などに存在する細菌(バクテリア)。
多種類の変異株(strain)が分離されており、各々毒性の有無が研究されています。
病原性を持つセパシア菌は抗生物質など抗菌剤の効果がないために、多剤耐性菌とも称されます。
セパシア菌(Pseudomonas cepacia)は、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa:傷口が膿む原因となる)、
アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter)、アルカリゲネス(Alcaligenes)などとともに、
ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌類(gram-positive cocci)に分類されます。
セパシア菌などのシュードモナス属細菌は、どこにでも常在する細菌。
消毒剤の中でも増殖するという、厄介な細菌ですが、通常は
他の常在菌と拮抗しているため、問題が生じない細菌。
常在菌とは皮膚、口腔、咽頭、腟、腸管などに常在している非病原菌をさします。
セパシア菌、アシネトバクター(Acinetobacter)菌は
抗生物質やステロイドによって常在菌が殺菌されると、大量に増殖することがあります。
院内感染の原因となるのは、この抗生物質による常在菌の殺菌。
抗生物質を大量に使用する大病院に巣食うといわれ、肺疾患を持つ患者には
特に恐れられています。
3.無農薬農業とセパシア菌
近年セパシア菌が特に話題となっていたのは、農業における細菌使用の安全性。院内感染増加を機にセパシア菌の理解を深め、農業用途などに
前向きな議論をすることは無駄ではありません。
「良い土壌」とは細菌やカビなど微生物のバランスが良い土壌。
細菌類の20倍近くの種類(45,000以上)が存在すると言われるカビや、
悪玉の細菌が圧倒的に多い土壌は農作物に被害を与えます。
植物の病原菌となるカビは10,000種類以上が分離されていると言われます。
農薬を使用しない(減少する)バイオ病害防除は、抗菌物質、拮抗微生物を
使用する研究が主流。
すでに欧米では多種類の有用微生物(biological control agents)が
実用の段階に達しています。
地球環境に優しく農作物を病害から守る切り札として期待されているわけですが
実用の歴史が浅いために安全性が確立されたとは言い難いのも事実です。

ウェストナイル・ウィルス、マラリア、デングなど
蚊による感染症防御に使用される微生物.
幼生(ボーフラ)発生を防ぐために水たまりなどに
投与する.人への安全性は確立していない.
4.農薬登録されたセパシア菌
1997年に3種類のセパシア菌殺虫薬(Pseudomonas microbial pesticides )が有用微生物農薬(biological control agents)として
米国環境保護庁(EPA:U.S.Environmental Protection Agency)に登録されました。
代表的な商品にはバイオベンチャーのスタイン社(Stine Microbial Products:1989年創立)の
ブルーサークル(Blue Circle)、デニー(Deny)があります。
日本では2001年にセパシア菌と総称されているシュードモナス属細菌(CAB-02株)を使用して、
稲に取り付く細菌(イネもみ枯細菌病、イネ苗立枯細菌病)の駆除をする
「モミゲンキ水和剤」(日産化学工業など)が販売開始されました。
(独自開発か、米国技術のライセンスかどうかは未確認)
5.セパシア菌農業の危険性
現在では、大根、ナス、キュウリ、豆類の苗立枯などの土壌病害にも、セパシア菌の異種株や変異株(strains)が争うように研究されています。
当初はセパシア菌は植物の病害現場などから分離される菌(Burkholderia cepacia)と、
病原菌として分離された菌(Pseudomonas cepacia)は異なる菌とされてきましたが
実際には区別できない、同じものと判明してから、
人体に与える影響を懸念されるようになりました。
農薬の使用許可権限を持つ米国環境保護庁(EPA)も使用上に、種々の制限を加える
必要性を認識し始めているようです。
無農薬農業の安全性にも問題があるわけです。
セパシア菌の功罪は、現段階では結論を与えることは出来ません。
今後の研究進展が期待されます。
6.セパシア菌に学名が二つあるのはナゼ?
バーコルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)とシュードモナス・セパシア(Pseudomonas cepacia)と二つの学名が
ありますが異名同種。
近年、セパシア菌はその特性からシュードモナス属から切り離し、
プロテオバクテリア類(proteobacteria)に分類すべきという
研究者間の大勢意見があり、
セパシア菌の発見者(1950年)である米国コーネル大学の
植物病原体研究者(plant pathologist)
ウオルター・バーコルダー博士(Walter Burkholder)に因んで
バーコルデリア属が創られました。
7.病原菌としてのセパシア菌(多剤耐性院内感染菌)
セパシア菌の病原性は、1980年前後に嚢胞性線維症(cystic fibrosis:CF)患者がセパシア菌による肺疾患を起こし、ヒトからヒトに伝染させるという
研究報告(cepacia syndrome)が発表されてから問題視されるようになりました。
(CFは日本では数十人が罹病という稀な疾患です)。
セパシア菌に限らず、
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌:Methicillin Resistant Staphylococcus Aureus )、
VRE (バンコマイシン耐性腸球菌:Vancomycin Resistant Enterococci)、
アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)(Acinetobacter属)など、
抗生物質に耐性を持つ細菌が増えています。
かねてより、入院患者は入院原因となる疾患以外に、実際には院内感染によって
死亡する事故が多いのではとの疑問があり、セパシア菌を含めた
院内感染の情報公開が求められていました。
1998年より1999年末愛知県の公立病院では、注射用医薬品ボトルより伝染した
セパシア菌感染者が多発、敗血症で死亡する患者が出たことが報告されています。
また米国などでは入院患者のアシネトバクター・バウマニによる死者の急増が問題となっています。
8.エンテロトキシン(enterotoxin)とは
エンテロトキシン(enterotoxin)は蛋白毒素。雪印乳業崩壊の原因ともなった食中毒毒素です
セパシア菌には黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)などと同様に
エンテロトキシンを産生する株があり、下痢や嘔吐の原因ともなります。
院内感染では敗血症や肺炎を引き起こすといわれます。
抗生物質の多用は、人体でバランスをとっている(拮抗作用)常在菌を殺して、
耐性菌のみが増殖します(菌交代現象)。
これが日和見感染(健常者が感染しないような弱毒病原体に感染すること)を
引き起こします。
免疫系では好中球が防御反応の主役となります。
初版:2004年08月12日 14:34
改訂版:2014年10月
最終更新日 2021年8月7日