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第壱百五話: 「両国の大花火」 付「ケン幸田のショート・オピニオン」

2019年7月19日

毎年7月下旬から8月にかけて、全国各地の大きな河畔や湖畔、
あるいは海浜で花火大会の催しを行い、納涼の幕開けと致しますが、
その起源は江戸時代の享保年間に遡り、旧暦の5月28日、川開きの初日祭事として、
隅田川の両国橋の上下流で盛大に花火が打ち上げられたことに始まりました。
花火は橋の上や岸から眺めても綺麗でありますが、やはり川に船を浮かべ、
間近で眺めるのが最高とされます。
涼しい川風に吹かれながら、芸者の三味線の音色を聴きながら夜空に挙がっては
消えてゆく花火を眺めるのが、江戸の風流でした。
その為、隅田川の川開きの時は、船宿の船は全て出払って、
当時250m程だった川幅が船でいっぱいになり、船伝いに向こう岸に
渡れる程だったそうです。

花火尽きて美人は酒に身投げけむ 高井几董

花火の発明は、17世紀中盤、奈良出身の鍵屋弥兵衛が火薬をおもちゃの花火に
することに成功し、これを売り出したもので、享保18年(1733年)江戸で
流行していたコレラの退散を願って、両国で大花火を打ちあげたのが、
流行の始まりでした。
後の文化7年(1810年)鍵屋の手代だった清吉が独立し玉屋を創立し人気を
得たので、その後は両国橋の上流が玉屋で、下流が鍵屋と受け持ちが
決められたそうです。
しかしながら、玉屋は幕末の十一代将軍家斉の日光社参の前夜に火事を
出したことがきっかけとなって倒産してしまいました。
花火には常々危険が伴い、火が船に燃え移り、積んであった花火が一斉に燃え上がり、
大勢の乗船中の見物客が川に飛び込んで逃げるという大事故もあったそうです。
昭和37年(1962年)に余りの混雑による危険防止の為、中止されましたが、
その後安全対策に万全を期す条件付きで、昭和53年(1978年)隅田川花火大会として再開され、
以後毎年行われるようになっております。

物焚て花火に遠きかかり舟 与謝蕪村
空に月のこして花火了りけり 久保田万太郎
木の末に遠く花火の開きけり 正岡子規

なお、江戸時代、享保当初の花火は、オレンジ一色で規模も小さかったようですが、
文化文政年間(19世紀初頭)になると、柳火、金傘、銀河星、群光星、村雨星、光雷鳴、赤熊、乱火など、様々な種類が創作され、仕掛け花火も行われるようになりました。その後、明治時代に
化学薬品利用技術が伝わり、花火に多色付きが生まれ、
今では玉の構造、仕組みに多様な進化がみられ、球形・放射光以外にも
星形やハート形などがあり、時間差で多彩な大小玉が乱れ咲き、
柳状に垂れ下がったり、不規則な動きを見せたり、我が国の花火の革新性は
世界一との評価を得ているようです。

ケン幸田のオピニオン2題
(最近寄稿された長文の社会オピニオンをロハスケ編集部が抜粋編集しました)

「誇りと愛国心を持っていた日本人のプロライフ」
麗澤大学*(れいたくだいがく)のモーガン準教授が、「日本は特徴が豊富で、
四季も景色も自然も良いがそれだけが日本ではない。
日本人が此処にいるからこそ常にこの国に戻りたい。
私の日本が好きな理由は、日本人が大好きだからだ、」と語っておられ、
「日本は世界に冠たる国だ。あらゆる生命を尊重し、皆を歓迎することが、
当に日本人の心だ。
この国は大昔から自然にプロライフを生きてきた国だと言え、
日本人の良さの核はここにある。」と続けています。
その彼が、日本社会が少子化で枯れてゆくのは悲しいが、
人口問題に関して政治と社会のギャップを感じ、お金をばらまけば
子供が増えるとの政策を批判しています。

現代日本人が生きがいを失っており、結婚、出産をためらうのであって、
政府からの援助が足りないからでないとし、日本人が自立の誇りと
愛国心を失ったことに目を向けるべきと提言しています。
日本国民が、周辺国や国内左翼に侮辱されても、反論しない政府や
外交官の姿勢を改め、日本が素晴らしく、日本人が優秀であると世界や
国連へ向け発信するとともに、国内メディア、日教組、日弁連、左翼諸団体などに
対しても、強い反論と指導力を発揮すべきだと進言されています。
とりわけ、日本人は心で生きる人間集団なので、
お金より愛・尊敬・助け合い・意義を重んじるからして、
日本人の名誉を守る政治が希求され、心から芽生えることで、
本当の日本が再興されるのだと、結んでいます。

*麗澤大学:千葉県柏市南部の学生数2,700人強の私立大学。
明治初期の道徳、倫理教育者、廣池千九郎氏が築いた様々な教育施設を
発展させ、1959年に経済学部、外国語学部を主として創立した大学。
海外大学との留学生交流、広大な緑のキャンパスに点在する幼稚園から
大学までの一貫教育に特徴がある。
*プロライフ:外来語。“生命を肯定的に考えたり行動したりすること”を意味し、
人を大切にするスタンスを指す言葉。

これからも社会に意見すべき「有識高齢者」
最近の日本では、高齢者が何かと世間のやり玉にあがるケースが増え、
雇用、退職、年金、医療・介護、自動車運転に至るまで、一般国民とは異なる
一律の規定や圧力が課されるケースが増えております。
総じて、年下世代が牛耳るマスメディアを通じて、時には一方的、
独善的な規範を押しつけられ、暗黙の決めつけに対して、
当事者の高齢者の多くは、反論も発言も限られているかに思われます。
勿論、人間は老いるし、衰えるし、年をとって益々頑固さを増し、
あるいはボケ症状をきたし、社会に迷惑をかけていながら、
なんら反省もせず、開き直るといった不届き者もいるので、一概に高齢者の
肩を持つわけではありません。
だが一方で、日本の約三千五百万人に及ぶ高齢者の大半は、
日本経済の高度成長の第一線で頑張ってきた仲間であり、
中には現役中の現役として今も各界で主導の役割を果たしている方々も
存在します。
年齢と共に、経験や技能や洞察力、人間力が増し、社会貢献が高くなる
実例も多々ある訳です。
ところが、こうしたリーダー層は、まずもって、高齢者の立場からの
発言はしません。
ましてや、平均的な善意の高齢者たちが、まとまって彼らの総意や
主張を社会や行政に向け明確にぶつけることは、ほぼ皆無と言えましょう。
一方、アメリカでは、極めて対照的で、高齢者たちの団結は
全米規模で多くみられ、数千万人の会員を誇る「全米退職者協会」などは、
最強のロビー団体として、連邦議会での法案を成立させるなどの活動が
よく報じられています。
総代表が、大統領との個別面談を許されるなど、高齢者保護や
差別撤廃の団体活動も許容されているのです。
他にも、高齢者の共闘組織は、数団体も有るはずです。
別に世代間対立を煽る意図など毛頭ありませんが、我が国にも、
何らかの共闘組織(組合)が出来、引退者、高齢者にも何がしかの
社会貢献とか、国や地方への恩返しとか、国際貢献などの機会を
模索したいものだと考えます。

最終更新日 2021年4月27日

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